/ 051-016

ミナミコメツキガニ(Mictyris guinotae) の北限分布地種子島への幼生輸送経路

五島瑠希・仁科文子・中村啓彦・山本智子

Abstract / Introduction / Summary:

ミナミコメツキガニ(Mictyris guinotae)は,十脚目ミナミコメツキガニ科に属する堆積物食者である.本種は亜熱帯域のマングローブ林の発達した干潟に生息し,種子島を分布北限としている(遠藤ら,2020).日本国内では,奄美大島・沖縄島・先島諸島で主に生息が確認されており,これら日本の個体も含めてインドネシア・シンガポール・香港・台湾に分布する種は全てMyctyris brevidactylus Stimpson,1858とされていたが,琉球列島に生息するものについて形態学的・遺伝子学的な違いからMictyris guinotae Davie, H.-T.Shin & B.K.K.Chan,2010として新たに新種記載が行われた(Davie et al., 2010).これまでに行われた生態調査で判明した本種の生活史について,成熟した雌個体は約30日間の抱卵期間を経て孵化したゾエア幼生を海へ放出,幼生は数週間の浮遊生活の後に生育に適した干潟にメガロパとして着底することが知られている.繁殖期に関しては,沖縄島の個体群は11­­–3月(仲宗根・赤嶺,1981;Takeda,2005),西表島では12–2月であり(小菅・河野,2010),更に北に位置する奄美大島についても沖縄島と同じく11–3月が繁殖期であると考えられている(遠藤ら,2020).幼生の浮遊期間については,抱卵雌の出現時期と新規着底個体の出現時期から2週間から1ヶ月ほどであると推測されている.­

一方種子島の個体群については調査例が少なく,繁殖期や新規着底個体の出現時期など不明な点が多くある.種子島では武田(1976)が本種の棲息を確認して以降は詳細な情報が無い状態が続いていたが,遠藤ら(2020)が2020年2月下旬に行った生態調査にて種子島南東部の阿嶽川で1個体,大浦川で6個体が確認された.全ての個体が甲長10 mm以上の大型個体であり抱卵雌が2個体確認されたが,新規着底個体は確認されなかった.この調査は大浦川の干潟全域では行われていないため新規着底個体数の有無や量については議論できないとしているが,採集の結果から種子島への新規着底個体数は極めて少ないことが予想される.また,種子島と奄美大島間のトカラ列島(十島村)では本種の生息に適した環境は確認されておらず種子島は飛び地となっている.このような環境下ではあるが,抱卵個体が確認されていることから種子島で繁殖は実際に行われており,小規模ながらも個体群が維持されてきた可能性が高い.その要因のひとつとして,奄美大島以南の地域からミナミコメツキガニ幼生が長距離移動を経て新規加入していることが考えられるが,その起源や移動の経路はわかっていない.

北太平洋亜熱帯循環の西岸境界流である黒潮は,台湾東方から東シナ海に流入し,大陸棚斜面に沿って北上,奄美大島の西方沖で流向を東に転じ,トカラ海峡の屋久島・種子島南方を通って太平洋に流入する(図1).その後,種子島東方沖を北上して日本南岸に沿って流れる.黒潮と大陸棚上の海水の間の黒潮前線域はマアジをはじめとする様々な魚類の産卵域であり,卵・仔稚魚は黒潮に沿って移流される(依田ら, 2004).琉球列島の島々における海岸生物の分布を決定する上で,黒潮による分散プロセスは大きな役割を果たしていると考えられる. 海洋で物体の移流経路を調べるひとつの有効な手段として粒子追跡実験がある.石川ら(2019)は東シナ海で産卵したアカアマダイの卵・仔稚魚が宮崎県沿岸まで到達する輸送過程を明らかにするために,質量を持たない仮想粒子が海洋中で移動する様子を海洋の再解析データを用いた計算によって再現した.この粒子追跡実験では使用するデータの時間を逆行して計算を行うことで,粒子が時間を遡って移動する様子を表現する粒子逆追跡実験を行うことが出来る.本研究では粒子の逆追跡実験と順追跡実験によって種子島に新規加入するミナミコメツキガニ幼生が,どこを起源とするのか,輸送経路も含めて明らかにすることを目的とする.