Abstract / Introduction / Summary:
鹿児島県の奄美大島は,陸域・海洋を問わず, 南西諸島の中でも有数の生物多様性を誇る自然環 境を備えている.とりわけ,奄美大島固有のオオ トラツグミ,ルリカケスなどの鳥類やアマミノク ロウサギ,アマミトゲネズミのようなほ乳類を初 めとした陸上動物に関してはさまざまな調査や研 究がなされ,報告も多い.さらに,2003 年に発 表された鹿児島県レッドデータブックにより,海 岸湿地などこれまで注目されてこなかった環境に 対しても保全の目が向けられるようになっている (鹿児島県,2003). 奄美大島の中でも住用のマングローブ原生林 はその広さにおいて注目すべき海岸湿地である が,一方で無脊椎動物については,甲殻類のよう に研究が少ないか(岸野・米沢ほか,2001;岸野・ 野本ほか,2001;諸喜多ほか,2003),貝類のよ うに入手の難しい同人会誌等の情報が多いことが (鹿児島県,2003: 535),環境保全を考えた場合に は問題である.本誌 37 巻では,奄美大島住用川 河口域と鹿児島市喜入町愛宕川河口域の生物相比 較が取り上げられ(林・山本,2011),住用マン グローブ林の生物多様性を積極的に捉えようとす る面で本誌の目的にも沿ったものと考える.しか し,この研究で用いられた直径 17 cm のコドラー トによる調査では,種組成と出現個体数を同時に 解析しない限り,生物の多様度を評価するには無 理がある.また,松田(2004)によれば,群集内 の種数と個体数を用いたシンプソンやシャノンの 種多様度ですら,普通種の比較に向いていても, 絶滅危惧種などの保全を行う観点からは役立たな いことが指摘されている.さらに,一定の広さを もった地域間の生物の多様性を理解する上では, その空間のスケールも重要な要素になり,言い方 を換えれば,空間としての階層ごとの評価も不可 欠な要素になる(Whittaker, 1972).このように環 境保全と生物の多様性理解は,まだ論議の途上に あり,その現状を踏まえると,とりわけ海産無脊 椎動物については,情報の蓄積・公表だけでも保 全に結びつく可能性が高い.より単純化すると, 既知の知見が限られている場合,生物相という質 的評価には単なる出現生物リストでも十分に役立 つし,それゆえ多くの研究者や地域保全活動家も 活躍できると考える. 筆者は,Miura et al. (2007) により宮崎県の熊野 江川河口干潟から記載報告されたクマノエミオス ジガニの分布を調査する目的で奄美大島の住用マ ングローブ林および住用湾の前浜に広がる干潟で 生物相調査を行ったが,ここにその時の底生生物 に関する知見を公表することで,住用マングロー ブ林周辺の水域生物相のより適切な評価への一助 を願うものである.