/ 044-032

鹿児島湾喜入での防災整備事業により破壊された干潟における腹足類貝類の動物相の生態回復

村永 蓮・高田滉平・冨山清升

Abstract / Introduction / Summary:

干潟は河川が運んだ土砂が河口付近や湾奥などの海底に堆積し,干潮の際に海面上へ姿を現したものであり,水質浄化や生物多様性の保全など重要な役割を持った環境である.日本の干潟は, 全国で過去60年の間に40%が失われた(花輪,2006).干潟は遠浅で開発がしやすいことから,埋め立てや干拓の対象になってきた.これらの一度消失した干潟は自然に回復することは難しく,人工的な再生では持続的な生態系を維持することは困難である.鹿児島湾喜入町愛宕川支流河口干潟である喜入干潟は,太平洋域における野生のマングローブ林の北限地とされ,腹足類や二枚貝類をはじめ多くの底生生物が生息している.しかし,2010年から始まった道路整備事業の工事によって喜入干潟の一部が破壊され,干潟上の生物相が大きな被害を受けた.この干潟の破壊が干潟上の生物相へどれほどの影響を与えているか調査する必要性があると感じ,研究することとした.喜入干潟には非常に多くの巻貝類が生息している.その中でも特に多く生息している,ウミニナBatillaria multiformis (Lischke, 1869),ヘナタリCerithidea (Cerithideopsilla) cingulate (Gmelin, 1791),カワアイCerithidea (Cerithideopsilla) djadjariensisi (K. Martins, 1899)が多く生息している.採集もしやすく,個体の移動も少ないことから,この三種を環境評価基準として研究に用いた.種の同定を行う際,ヘナタリとカワアイの幼貝が目視で判別することが極めて困難であるため,今研究ではこの2種をヘナタリの仲間としてまとめた.防災道路整備事業が巻貝類の生態へどれほど影響するかを比較するため,二つの調査地点を設置した.一つ目は干潟上に建設されている橋の真下でStation A,二つ目は工事による直接的な影響をあまり受けていないと思われる愛宕川支流の近くでStation Bとした.調査は2017年1月から同年12月まで行った.毎月1回採取したウミニナとヘナタリの仲間について,各月土とのサイズ別頻度分布,個体数の季節変動をグラフにして,生態の変化について研究した.結果として,ウミニナの新規加入個体数は,Station Aでは昨年よりも増加している.Station Bにおいては10 mm以上の成貝の個体数が増加する一方で,10 mmよりも小さい新規加入個体の減少傾向が続いていた中,2015年の研究では少し増加したが,昨年の研究では新規加入個体は少し減少した.今年の研究では昨年と比較すると新規加入個体は増加した.ヘナタリの新規加入個体はStation Aでは昨年とほぼ同様で,Station Bでは昨年よりかなり増加している.昨年は一昨年よりStation A,Station Bともに減少しており,新規加入個体も少ないことから完全に回復傾向が続いているとは言えないと推測されていたが,今年の結果を見てみると個体数,新規加入個体は昨年に比べStation A,Station Bともに増加しており,わずかではあるが回復傾向が見られるのではないかと推測される.2012年以降急激に個体数の減少傾向が続いていき,2013,2016年では一時増加しており,今年も増加が見られたため少しずつ生態が回復しているのではないかと思われる.次世代を担う新規加入個体の大きな増加がみられないことからStation AではStation Bよりも生態が回復するまでにまだ時間を要するのではないかと推測される.2010年に行われた道路防災整備事業による人的破壊が干潟に影響を与えたことはこれまでの研究結果をみても否定できない.また,この7年間の研究結果を比較してみると,喜入干潟上の生態域が乱されて以来はっきりとした回復傾向に向かっているとは言えないと考えられる.この研究はこれからも継続していくことに意味があると思われる.