浅海域は海洋における生物生産を支える場所 であるとともに,干潟や藻場といった様々な生息 場所から成り立ち,それぞれが重要な機能をはた している.なかでも河口域に発達する干潟には, 内湾の富栄養化を抑制する水質浄化の場としての 機能が期待される(菊池,1993; 佐々木,1994) にもかかわらず,高度経済成長期以降,沿岸の開 発によってその多くが失われている.1970 年代 に入って国土の改変がもたらす自然環境の劣化が 危惧されるようになり,沿岸域についても基礎調 査が行われるようになった.また近年では,人工 衛星を利用した広範囲のモニタリングも行われて いる.しかし,詳細な調査が行われはじめた 1970 年代後半には,日本沿岸の干潟面積はすで に 1945 年の 65% 程度まで減少しており(環境庁 自然保護局,1994),重大な変化はそれまでに終 了しているとも考えられる. このような海岸線の改変には地域差があり, 1945 年から 1977 年における干潟の消失率は,東 京湾で 89.2%,伊勢・三河湾では 54.48%,瀬戸 内海で 35.50%(菊池,2000)であった.この違 いは,地方での海岸線の改変が首都圏に比べて時 期的に遅れて行われたことを示していると思われ る.そこで,地方を対象にすれば 1970 年代以降 の資料から海岸線の劇的な変化の過程を追跡でき る可能性があると考え,鹿児島湾奥を対象に, 1946 年以降約 60 年間の海岸線の変化を明らかに することを試みた.

過去60年間における鹿児島湾奥の海岸線の変化(山本智子・小玉敬興)