Abstract / Introduction / Summary:
鹿児島湾奥部に位置する霧島市国分広瀬の干拓地帯には沿岸部に長い潮遊池が存在する.この潮遊池は「ツブシ」と呼ばれており,毎年8月16日に精進落としとして「ハンギリ出し」と呼ばれるボラ科魚類(エッナと呼ばれる)を漁獲して酢味噌で食べる伝統行事がおこなわれている(中村ほか,2019;霧島市,2023).ハンギリ出しは江戸時代から続くとされ,現在では住吉大明神前に位置するツブシでのみおこなわれている(霧島市,2023).精進落としとして実施されるハンギリ出しに関わる民俗慣行は,2023年7月20日に「小村新田のハンギリ出し」として霧島市の無形民俗文化財に指定された(霧島市,2023).近年ではエッナの不漁が生じており,その原因を明らかとすべく2019年1月に水抜き調査が行われ, この際に17魚種の出現が報告された(中村ほか,2019).地元住民によると,水抜き調査以降,ツブシでは鵜(恐らくカワウ)をはじめとする鳥類によるエッナの被食が増大していると考えられたことから,2023年にはこれを防ぐ目的で魚類の隠れ家となる漁礁が複数設置された. 著者らは2023年8月16日に行われたハンギリ出しに参加し,11種の漁獲を観察,または自ら採集した.本調査ではツブシ内において熱帯・亜熱帯性魚種であるカライワシElops hawaiensis Regan, 1909の出現と漁獲が確認され,中村ほか(2019)とはツブシ内の魚類相および各魚種の出現比率が大きく異なる様子が観察された.ハンギリ出しにおいて実際に漁獲される魚種は,これまでエッナというボラ科魚類の総称を除いて十分に明らかとなっておらず,本調査結果は鹿児島湾奥部における自然史と風俗史に関する新知見を含むと考えられたため,ここに報告する.