Abstract / Introduction / Summary:
干潟は川が海へ注ぎ込むところに砂や泥が蓄 積して形成される汽水域,砂泥性地帯のことを指 す.海の中で最も生産力が高い場所の一つであり, そこには多様な生物が生息している.上流から流 れてくる有機物や無機塩類を浄化するフィルタ- の役割も果たしている. そこに生息する底生生 物により水が浄化されるためである.そしてその 底生生物を餌とする生物もおり,固有の生態系を 築きあげている. 干潟はまさに「命の宝庫」と 言える.生物だけでなく,私たちもこの干潟から 貝類など豊かな水産資源の恩恵を享受している. しかし,20 世紀後半以降,日本では沿岸域にお ける埋め立て事業の進行によってその多くが急速 に減少した.日本にあった干潟の半分はすでに失 われてしまったと見積もられている(佐藤, 2014).一度消失した干潟が再び自然に復活する ことは難しく,人工的な再生では持続的な生態系 を維持することは難しい(森田,1986;渡部, 1995;山本 ・ 和田,1999;風呂田,2000;田代 ・ 冨山,2001;上村 ・ 土屋,2006;安達,2012). 鹿児島県鹿児島市喜入町愛宕川支流河口干潟であ る喜入干潟も人の手によって環境を攪乱されたも のの一つである.2010 年からの防災道路整備事 業によって,マリンピア橋が建設された.これに よって,喜入干潟の一部が破壊され,干潟上の生 物相が大きな被害を受けた. この喜入干潟には非常に多くの巻貝類が生息 している.その中でも特に,ウミニナ,ヘナタリ, カワアイの 3 種は多く見られる.ウミニナは貝類 の生物生産量の大半を占め,ヘナタリとカワアイ は同所的に生息している(若松 ・ 冨山,2000;大 滝ほか,2001;杉原 ・ 冨山,2002;真木ほか, 2002;武内 ・ 冨山,2010;吉住 ・ 冨山,2010;春 田 ・ 冨山,2011).これら 3 種は干潟上に多く生 息しており,採集も容易であることから,環境評 価基準として有用であると判断し,今回の研究対 象とした.調査は,2020 年 1 月から同年 12 月ま での 1 年間行った.月に 1 回,巻貝類を採取し, 各月ごとにサイズ別頻度分布と個体数の季節変化 を調査,記録した.喜入干潟上に生息するウミニ ナ属の個体はすべてウミニナのミトコンドリア DNA を持っていると報告されている(春田, 2011).したがって,本研究では,調査地点上に 生息しているウミニナ属の一種はすべてウミニナ であるとした.またヘナタリとカワアイの幼貝は 目視での判別が難しいため,今研究ではこの二種 をヘナタリの仲間としてまとめた.以下に示す先 行研究において,今回の調査区ではカワアイの生 息数が著しく少ないため,カワアイの幼貝をヘナ タリの幼貝に加えて分析したとしても,統計的な 影響は少ないことが判っている.調査で得られた 結果は春田(2011),前川(2012),前川ほか(2015), 神野(2016),井上(2017),村永(2018),上村(2019), 木村(2020)による過去の報告と比較し,整備事 業が開始されてから約 10 年間の生態の変化を考 察した.