Abstract / Introduction / Summary:
軟体動物の多くは,身を守るために貝殻を形成する.硬い殻の中に身を隠すことによって,環境の変化や外敵からの捕食から逃れることができる.さらに貝殻は体を支える機能も担っている.殻の形成には,外套膜の辺縁部が関係している.殻皮と呼ばれる有機物の膜が分泌され,その上に炭酸カルシウムの結晶が付加されながら大きく発達していく.このような成長は付加成長と呼ばれるが,付加成長の特徴として成長線の形成が挙げられる.成長線は様々な成長障害(ディスターバンス)で貝殻に記録されていき,成長の記憶として重要視されている.しかし日本国内で,この成長線観察に関する過去の研究は化石を用いたものを除いて他になく,現生する巻貝での研究はまったく行われていない.本研究では,海産巻貝であるヘナタリCerithidea (Cerithideopsilla) cingulate (Gmelin, 1791)の内部成長線観察の手順を確立することを目的とした.サンプルは鹿児島県鹿児島市喜入町の愛宕川流域における干潟,石油基地前の干潟とマングローブ林内の2地点で採集し,50 cm × 50 cmのコドラートをそれぞれ3箇所ランダムで設置し,その中にいる全個体採集した.これを2010年12月~2011年12月まで,毎月の大潮干潮時に行った.採取した個体は,まず観察する個体の殻高・殻幅をカーボンファイバーノギスで計測した.研磨作業は#400の研磨粉でグラインダーにかけ荒削り処理を行い,その後研究室に持ち帰って#4000の研磨粉を用いて鏡面研磨処理を行った.鏡面研磨処理を行ったサンプルは,双眼実体顕微鏡で内部成長線のようなものは観察できるが,さらに明瞭にするため,内部成長線が酸に対して他よりも耐性があるという特徴を活かし,エッチング処理を行った.エッチング処理では,まずHClを用いで研磨処理を行った断面を溶かし,水でよく洗った後に,CH3COOHを用いてさらに溶かし,水でよく洗い断面に凹凸を作った.これをSUMP処理を用いて凹凸の型を取り,さらに光学顕微鏡で観察した.結果として,海産巻貝のヘナタリで内部成長線観察を行うことができた.しかし,本研究において内部成長線がどのような要因(例えば,冬の成長停滞)で形成され,また,どの時期に形成されるかは断定することはできなかった.おおよその年齢測定も行うことはできなかった.しかし,内部成長線観察のなかで同じ科に属するフトヘナタリCerithidea rhizophorarumとエッチング処理に要する時間が大きく異なっていたことから,ほかの細かな要因も考えられるが,少なくとも底質環境の違いやその食性に関する考察ができた.さらに,過去の研究からも明らかになっているが,殻幅のサイズ(細かく言えば,殻口縁)と内部成長線には何らかの関係があると考えられた.今後の課題として,内部成長線観察と殻のサイズ頻度分布などから,内部成長線の形成時期を調査し,またヘナタリの寿命など調査する必要があるだろう.内部成長線は,今後の海産巻貝類の研究で生活史や年齢測定において,非常に重要な情報を提供してくれるものと考えられる.