Abstract / Introduction / Summary:
鹿児島湾喜入町愛宕川支流の河口に位置する喜入干潟は,太平洋域における野生のマングロ-ブ林の北限地とされ,腹足類や二枚貝をはじめ多くの底生生物が生息している.しかし,2010年から道路設備事業の工事が始まり,喜入干潟の一部が破壊され,干潟上の生物相が大きな被害を受けた.この干潟の破壊が干潟上の生物相にどれほどの影響を与えているか調査する必要があり研究することと至った.干潟は河川が運んだ土砂が河口付近や湾奥などの海底に堆積し,干潮の際に海面上へ姿を現したものであり,水質浄化や生物多様性の保全など重要な役割を持った環境である.日本の干潟は,全国で過去60年の間に40%が失われた(花輪,2006).干潟は遠浅で開発がしやすいことから,埋め立てや開拓の対照になってきた.これらの,一度消失した干潟は自然に回復することは難しく,人工的な再生では持続的な生態系を維持することは困難である.喜入干潟には非常に多くの巻貝類が生息している.その中でも,主にウミニナBatilla multiformis (Lischke, 1869),ヘナタリCerithidea (Cerithideopsilla) cingulate (Gmelin, 1791),カワアイCerithidea (Cerithideopsilla) djadjariensis (K. Martins, 1899)が多く生息している.採取も容易で個体の移動も少ないことから,この三種を環境評価基準生物として研究に用いた.種の同定を行う際,ヘナタリとカワアイの幼貝が目視で判別することが極めて困難であるため,今研究ではこの2種をヘナタリの仲間としてまとめた.防災道路設備事業が巻貝類の生態へどれほど影響するかを比較するため,二つの調査地点を設置した.一つ目は干潟上に建設されている橋の真下でStation A,二つ目は工事による直接的な影響をあまり受けていないと思われる愛宕川支流の近くでStation Bとした.調査は2018年3月から同年の12月まで行った.毎月1回採取したウミニナとヘナタリの仲間について,各月ごとのサイズ別頻度分布,個体数の季節変動をグラフにして生態の変化について研究した.結果として,今研究では一部のみ個体数の増加がみられたが,2012年以降大きく減少し続けていることから個体群の消滅の可能性がないとは言えない.また,次世代を担う新規加入個体の大きな増加がみられないことからStation AではStation Bよりも生態が回復するまでに,まだ時間を要するのではないかと推測される.さらに,各月の両地点の個体数を比較すると,ウミニナはStation Aに,ヘナタリの仲間はStation Bに生息している傾向が強いことがわかった.したがって,ウミニナとヘナタリの仲間の同所的な生息が不可能になっている可能性もある.2010年に行われた防災道路設備事業による人的破壊が干潟に影響を与えたことはこれまでの研究結果をみても否定できない.また,この8年間の研究結果を比較してみると,喜入干潟上の生態域が乱されて以来はっきりとした回復傾向に向かっているとは言えないと考えられる.この研究はこれからも継続していくことに意味があると思われる.