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鹿児島県喜入干潟における巻貝相の生態学的研究

吉住嘉崇・冨山清升

Abstract / Introduction / Summary:

フトヘナタリCerithidea rhizophorarum (A. Adams, 1855)は,東京湾以南,西太平洋各地に分布し,潮間帯や内湾の干潟などの汽水域に生息する雌雄異体の巻貝である.殻幅は35–40 mmほどで外観は太く大きく,一般的に灰色や黒褐色をしている.また,成貝になると殻頂部が失われるのが特徴である.本研究では,フトヘナタリの個体群構造,サイズ頻度分布と個体数の季節変化,繁殖期および内部成長線を調査し,本個体の基本生活史を明らかにすることを目的とした.また,同所的に生息するウミニナBatillaria multiformis (Lischke, 1869)やヘナタリCerithidea cingulate (Gmelin, 1790)の生態やこれらとの種間関係の調査も同時に行い,比較・検討した.鹿児島市喜入町を流れる愛宕川の河口干潟には,小規模ながらメヒルギKandelia candelやハマボウHibiscus hamaboからなるマングローブ林が広がっており,周辺の干潟泥上には多くの巻貝類が生息している.調査は2010年2月から2011年1月までの期間に毎月1回,大潮または中潮の日の干潮時に上記干潟にて行った.50 × 50 cmの方形区(コドラート)を干潟上の任意の3地点に設置した後,その範囲内に出現した全ての巻貝を採集し,サイズ測定用のサンプルとして持ち帰った.また,河口付近の別地点にてフトヘナタリのみを幼貝から成貝まで毎月30個体ほど採集し,内部成長線観察用のサンプルとして同様に持ち帰った.採集した全ての巻貝を冷凍保存した後に肉眼および顕微鏡で同定し,出現個体数を記録した.サイズ測定用サンプルにおいて,フトヘナタリに関しては殻幅を,それ以外の巻貝に関しては殻長を,ノギスを用いてそれぞれ0.1 mmの精度で計測し,記録した.フトヘナタリは成貝になると殻頂部が失われることが多いので,他の巻貝とは異なり殻幅を記録する.また,内部成長線観察用サンプルにおいては,さらに肉抜き・研磨・薬品処理による染色を施した後,双眼実体顕微鏡により内部成長線を観察し,デジタル顕微鏡により写真撮影を行った.その結果,フトヘナタリとウミニナに関しては,年間を通じて各月の個体の出現傾向がよく似ており,どちらも3–5月にかけて,個体数が増加し,6月になると激減していた.しかし,ヘナタリに関しては,フトヘナタリやウミニナに比べて遥かに出現個体数が少なく,各月の採集量は年間を通じて低い水準を保っていた. また,フトヘナタリは殻幅3 mm前後,ウミニナは殻長9 mm前後,ヘナタリは殻長6 mm前後の稚貝が10–11月に出現することから,夏季に産卵期があり,秋季に個体の新規加入が起こっているということが明らかとなった.このため,この時期のサイズ頻度分布は双峰型の形状となっている.さらにこれらの稚貝は冬にかけて大きく成長し,概ね春から夏にかけてサイズのピークを迎えていた.発見された個体数を採集地点ごとに比較すると,フトヘナタリが内陸の乾燥した干潟上で多く採集されたのに対し,ウミニナ・ヘナタリは川の支流に近く,比較的水気を多く含む泥上の干潟で大量の個体が採集された.特にウミニナにおいてはそれが顕著に表れていた.フトヘナタリの内部成長線に関しては,染色を施すと断面部の石灰質が桃色に染まり,肉眼で確認できるほどの太い層をなす成長線と微視的に認識できるレベルの微細成長線が観察された.その合計本数は殻幅10 mm前後の個体で3–4本,8 mm前後の個体で2–3本という結果となり,季節に関係なく出現することから,一般的に殻幅が大きい個体ほど内部成長線の本数も多くなる傾向があることが分かった.従って,これらの観察を行うことで,その貝の年齢や環境要因を調べることができると考えられる.