Abstract / Introduction / Summary:
鹿児島湾は,陸域に囲まれた峡湾で,水深は一部が200 mを超え,また,湾奥部にはタギリとして知られる火山活動に関連する独特の生物相にも特徴付けられている.湾奥内陸の霧島山系から,湾外に広がる南西諸島までの臨海・島嶼自然環境は国際的にも有望な自然遺産候補の連続体と言って過言ではない.一方,経済活動の進展とともに,鹿児島湾内は埋立による土地造成や新港開発等が活発に行われ,かつて存在した浅海環境は悪化の一途をたどっている.本稿で紹介する生物はそのような沿岸浅海環境の悪化に逆らうように静かに生息し続けていたツバサゴカイ科環形動物である(1999年11月14日西日本新聞).その1種は明治末に鹿児島湾の水深32 mの砂泥底から採取された1個体をもとに,1911年にChaetopterus kagosimensisと命名された(飯塚,1911).その後,1世紀近く,再発見されることなく,また,タイプ標本も見つからないままであった.ところが,1999年に鹿児島湾の都市部近郊で再発見され,新聞でも取り上げられた(1999年11月13日読売新聞等).また,環境省の進めるRL作成が2017年には海の無脊椎動物も含むことになり,本種が検討対象になり,準絶滅危惧(NT)にランクされることになった.ここでは,これまでの調査の経緯を踏まえ,鹿児島湾から採集された小型のツバサゴカイ科2種について,その形態分類の難しさと生息状況の現状を他種との比較を含めて報告する.
ツバサゴカイ科環形動物の分類は,横浜国大の西栄二郎氏の一連の研究(Nishi, 2000など)により,国内ばかりでなく国際的にも進展し,日本の沿岸から多くの種が報告された(西,2002).しかしながら,国内の既知種に対する取り扱いが未だ十分ではなく,和名すら与えられていない.タイプ標本あるいはタイプ産地すら失われている日本の海岸生物の置かれている現状は悲惨ではあるが,一線の研究者が目を向けてくれることを願って本稿を起こすこととした. なお,本研究に使用した標本は,鹿児島大学総合博物館に寄贈する予定である.