Abstract / Introduction / Summary:
ヒメウズラタマキビガイ Littoraria (Littorinposis) intermedia (Philippi, 1846) は タ マ キ ビ ガ イ 科 Littorinidae に属する雌雄異体の巻き貝である.タ マキビガイ科は日本で 8 属 19 種が確認されてい る.ヒメウズラタマキビガイはウズラタマキビガ イ Littoraria scabra (Linnaeus, 1758) の亜種で,フィ リピンのネグロス島の Jimamalian を模式産地と して記載された.ウズラタマキビガイに似るが周 縁の角張りが弱く,軸唇は紫色で,縫合の下の螺 肋が強いこと,殻頂部でも螺層表面に螺肋が強い ことで区別され,紀伊半島以南のインド・西太平 洋,潮間帯,マングローブや内湾の岩礁上に生息 する.日本では瀬戸内海や有明海などの内湾の岩 礁や礫の間などに生息し,乾燥に対して耐久性が 強い.本種の基礎生態を解析した報告例はこれま でほとんどなく不明な点が多い.本研究では,鹿 児島湾喜入町愛宕川河口干潟及び祗園之州海岸に おいて,ヒメウズラタマキビガイの殻幅サイズ頻 度分布の季節変動を明らかにし,生活史を検討す ることを目的とした.さらに,環境攪乱の異なる 2 つの調査地での生活史を比較して攪乱の影響を 考察し,垂直分布により季節ごとに生息場所がど のように移り変わるのかを明らかにする調査を 行った. 調査は鹿児島県揖宿郡喜入町を流れる愛宕川 の河口干潟付近と鹿児島県鹿児島市清水町を流れ る稲荷川の河口付近で行った.定期調査は 2003 年 1 月から 2004 年 1 月まで大潮または中潮の日 中の干潮前後に,喜入では干潟付近の岩礁やコン クリート護岸の間隙,稲荷川河口では河口付近に ある石橋記念公園の玉江橋下の石垣の2箇所で毎 月1回行った.それぞれの調査地にいるヒメウズ ラタマキビガイを 100 個体以上採取し,ノギスで 0.1 mm の単位で殻幅を測定し記録した.垂直分 布の調査は同期間内の 2003 年 1 月,3 月,8 月, 10 月,12 月の各季節ごとに石橋記念公園で,30 cm × 30 cm の石垣3つを一区画とし,河口面から 陸上面に近づくにつれて A,B,C,D,E の 5 区 画に分け,それぞれに出現した本種の個体数と殻 幅サイズを測定し記録した. 定期調査の結果,4 月と 8 月に 1.5 mm 前後の 幼貝の新規加入があり,幼貝はその後 11.0 mm 前 後に向けて成長を続ける傾向が見られ,2003 年 1 月と 2004 年 1 月では,1 年間で殻幅サイズ頻度 分布のヒストグラムがひと山型からふた山型へと 変化している事が分かった.また,喜入・石橋公 園の生息環境の異なる 2 つの調査地において幼貝 の新規加入や殻幅サイズ頻度分布で大きな違いが 見られた.垂直分布においては,年間を通して個 体のサイズは大きくなり成長が見られるが個体数 は夏から冬にかけて減少し,生息場所も冬は陸上 面から河口面へと移動している事がわかった.以上のことから,ヒメウズラタマキビガイは 1 年に幼貝の新規加入が春と秋の 2 回あり,幼貝は その後 11.0 mm 前後に向けて成長する傾向がある が,年によって新規加入がある年とない年がある と考えられる.また,冬の寒さに弱く,潮間帯の 生息場所を逃れる移動性があることがわかった. さらに,生息環境の異なる調査地によって生活史 に大きな違いが見られた.幼貝の新規加入が全く 見られない石橋公園の個体群では,海岸整備に伴 う攪乱による影響が非常に大きく,現在のヒメウ ズラタマキビガイの個体群は個体サイズが大きく なり,年を取っていく傾向にある.今後もこの状 況がずっと続くようであれば,ヒメウズラタマキ ビガイはやがては寿命により消失し,将来は絶滅 してしまう危険性がある事が明らかになった.